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パグに魅せられて
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パグに魅せられてショードックに嵌る

パグのルーツ
中国原産地説  パグの原産地 は中国とされているがその歴史は謎が多いが用途としては(家庭犬・愛玩犬・小型犬)となる。
@中国の古い愛玩犬で、ペキニーズなどと同じ祖先犬から作出されたといわれ、17世紀頃オランダ、フランス、イギリスなどに渡り人気を得ていた。パグとは、ラテン語のにぎりこぶしに似ている所から名付けられたと伝えられている。
オランダ原産説   ドイツではパグとは、しかめつらと言われた時期もありモップスと名付けられたようです。
@イギリスではタッチドッグとして愛されていたが多くの人々にはオランダの犬と思われていた。
改良犬説  ブルドック系の親戚ではないか?これらは被毛やコートカラーとても似ていることから、この小さな犬を様々な犬種の合成と考えられる。
@しかし、当時の貿易業者や旅行者が珍しい犬として東洋からのお土産としてヨーロッパに持ち帰りその子孫がいまのパグとして改良固定されたと言われています。
1600年代(フォンパグ)  当初のパグはいまのパグとは異なった体系をしていた。
@体調が高く現在のものよりやや痩せ型
A頭が小振りで顔も狭く目も幾分小さい
B鼻や口部がやや長い
C断耳したもの、立尾で毛色も黒の掛け合わせでなどがいたようで個体差もかなりあったようだ
オランダでは「モップハウンド」・フランスでは「カーリン」・イギリスでは「ダッチマスチフ」として飼われていた。
1800年代  1867〜1868年頃 北京イギリスに2頭の犬が持ち込まれイギリスでの初期のブリーダーはウィロビー氏・モリソン氏が有名であるが二人とも特徴を持った犬を作り上げ後世に強い印象を残した。
@ウィロビー氏の繁殖犬は、フォン色の毛でマスクは濃い犬が多い
Aモリソン氏の繁殖犬は、アプリコット・フォンの犬が多い
Bその仔犬のクリックは「ウィロビー系・モリソン系」の血が混ざり合ってパグの基盤とされて初めて犬籍簿に登録された犬と言われている。
1886年代(黒パグ) プライス婦人が中国から黒パグを連れて帰りイギリスで公開された。
1997年代 私が見た黒パグは1997年でしたが1994年の頃の愛犬の友の広告記載では日本でも黒パグ専門犬舎が関西方面で定着していと様に記憶しています。
黒パグの用途
フォンの色が薄くなってきたパグとの繁殖に利用していた様です。
2002年代 カナダからの輸入犬パグ♂をFCI四国インターで披露してJKC犬籍簿にAMCH/CNCHとして登録した。カナダからの輸入パグは珍しさもありましたがその後JKCCH/INTCH追加登録。
今日では各国からパグが輸入されて日本での繁殖に努めているようですので此処でいま一度基本に戻りパグのスタンダードを見つめ直す良い機会だと思います。
2007年代(ホワイトパグ) 日本の南の島にフォン種♂+台♀黒パグが子犬のフォン♂2頭・ホワイト♀2頭の4頭が生まれたようですが白パグは恐らくフォンの両親から突然の産物として生まれ、白が多い為本来は濁汰の対象であったがラッキーにも生き長られるチャンスを得て業者間の間で白パグとして「珍犬話題」を呼んだ。

パグクラブの発足
1833年 イギリス  イギリスではパグの愛好家が増えて来て「イギリス パグ クラブ」が設立され、最初のスタンダードが制定された。
1886年 イギリス  プライス婦人が中国から黒パグを連れた帰りイギリスで公開された。
黒パグには日本の狆の血が入れられて出来たものでしばしば胸や足の指に斑点が現れたと言われているが、定かではないようだ。
ブラックのパグは恐らくフォンの両親から突然の産物として生まれ、黒斑が多い為本来は濁汰の対象であったがラッキーにも生き長られるチャンスを得て固定されたと考えられる。
1991年 アメリカ  初期のアメリカにおけるパグの主なる血統はイギリス系とされている。全米でも「アメリカン パグ クラブ」が設立されていた。
1953年 日本 ダイヤモンドパグクラブの設立は清水氏によって発足 {パグ展の開催」
1955年
昭和30年
 当時は犬のブームを広めた「東京畜犬」という輸入業者からイギリス犬舎のパグを譲り受けた犬を成田氏が日本で公開した。
この時期は本部展第9回目が4月に後楽園競輪場で出陳頭数約550頭で行われていた。
ダイヤモンドパグクラブ 「第2回目のパグ展開催」
岡山パグクラブの設立は藤井氏によって発足 {パグ展の開催」
熊本パグファミリークラブの設立が九州で発足 {パグ展の開催」
大阪パグファミリークラブの設立は成田氏によって発足 {パグ展の開催」
青森八戸パグクラブの設立はパグ愛犬家の熱意がこめられたエピソードもありその頃のパグの話を聞かされた時には感激して青森りんごと共にパグの名を関西方面にPRして帰った様です。「パグ展の開催」
山梨パグクラブの設立によって発足 {パグ展の開催」
この頃はチワワクラブとパグクラブ代表の仙石氏により展覧会を開催、当時のジャッチは松本みどり先生だったと聞いている。
東京パグクラブの設立は林氏と仙波氏によって発足 {パグ展の開催」
1956年 全国各地からパグクラブがスタート致しました。
1957年 パグクラブの部会を作るには本部規定があり「パグクラブも7クラブの組織に元ずき部会を作る話に持ち上がり準備に取りかかる。
青森・山梨・東京(林氏)・大阪(成田氏)・九州(ブーと孫の人)のパグ好きが一同に集まり明治公園でパグ部会展を開く事に成り成田氏の関係でイギリスからジャジを呼ぶことに決まり初めてのパグ展を行う。さすがにパグの力は盛大で絆も固く結集していたようです。
1958年 JKCでは第15回目のドックショーを5月に四谷公園で出陳頭数約450頭で行いパグについては何頭か解りませんが本部でも海外審査員初参加で開催した。
チヤチヤマル パグ部会の設立と単独パグ展の開催
単独パグ部会展
 開催場所は東京の明治公園広場で一同のパグを見るのは珍しく(見学者はブルドックの赤ちゃんを集めたような光景犬を見ていたようです)出陳者たちは満足したようでした。
@パグ展単独 審査員はイギリスのパグクラブより海外審査員を招いて「初の日本パグドックショー」を開催した。
1960年  最初は日本でのパグブームを巻き起こしたハッピーナリタ犬舎がJKC犬籍簿に初のパグ犬CHとして登録されたと言われている。
第2回単独パグ部会展
開催場所 東京明治公園内で再びイギリスからジャッチを呼び開催
1963年   海外(イギリス)のドッグショーに参加したりしながら、自らパグの繁殖を試みては国内全国の場所に行きドックショーにも出陳してパグを広めて来た。
@ハッピーナリタの繁殖犬をJKCの教本に「パグスタンダード」として基本の基盤を残した。
A(最初のパグ犬は24歳まで生きながらえたようです)
1964年 半年後にはハッピーナリタ犬舎が新たに、イギリスからパグ2頭目を日本に輸入して自家繁殖犬を世界のドックショーに「アメリカパグクラブ」出陳しこれも又歴史として残した。
@大阪パグクラブは連合会組織により大阪東パグファミリークラブとして設立
1965年 パグの人気は益々高まり各地のドックショーでは「パグ愛犬家同士」がオーナーハンドラーとしてパグ犬を会場で引いていた。 
1967年 イギリスにも友人が増え始めて日本人加入は当時では珍しい出来事でした外産パグ犬の輸入と国際交流としての活躍も多くありました。
@「イギリス Pug Kennel Club 会員」として成田氏は籍を置く事にした。
1978年 日本初のハッピーナリタ犬舎として自家繁殖パグ犬でアメリカドックショーにも活躍で最初の繁殖犬がアメリカでCHを完成したて本国に帰国した。
@「アメリカン Pug Kennel Club 会員」として成田氏は籍を置く
1979年 パグを飼うならハッピーナリタ犬舎が良いと云う話題で日本各地のパグ愛犬家は待ち焦がれていたが犬の量産はスタンダードの良い質を交配するので大量生産は不可能です、販売はパグを愛する人にパグの子犬が産まれたら渡していたらしいのでペットショップへの販売はいまだに拘っての愛犬かのみに徹している様で私も賛成です。
外産パグはいままでイギリスからは7頭・アメリカからも7頭の輸入で「質の良いパグのスタンダードの体勢」を作り上げ続けています。
@(犬の専門誌) 日本プロモーション ニューズ誌には 「パグNOI 記載」 の記事がありました。
Aパグ部会の設立
1983年 パグ人口は増えて東京・九州にパグクラブの設立
@大阪を含めて(JKC公認のパグクラブが3ヶ所となる)沢山の会員数が登録をしていた。
A「パグ部会」が加わってJKCでは4犬種となった。パグ会報の会員たちに配布され各自の研究がなされた。
Bオーナーハンドラーの進出でJKCとしてもハンドラー教本の発行と教育指導がなされた。
1984年  パグ人口は増えたがパグの理想の姿は区々でした、ドックショーで単独展を見ると犬を見ただけで犬舎が解るように個性を持ったパグが多いようでした。
@頭が小振りで顔も狭く目も幾分小さい
A胴長で足が細い
B鼻や口部がやや長い
C巻き尾がややゆるい

*パグの種♂や台♀を認定するのには犬の規準としてCHが選ばれていたので、その犬を規準とした認定委員がいてドックショー会場審査を受けたものです。
全犬種CH犬が日本の基準となり「スタンダード全犬種標準書の改訂」作業が行なわれる。
1987年 昭和62年 JKCではドックショーも第59回目を迎えて4月東京都見本市会場B館ではパグを含めて2,646頭の犬たちにより高円宮殿下ご夫妻を迎えての世界に誇るFCIアジアチャンピオンシップショーの開催をした。
機械化されてJKC血統証明書等すべての書類がコンピューター処理により発行
1988年  ゴルフが貴族の娯楽のようにドックショーも犬の娯楽の一部で出陳料の安さと弁当・目録・記念品付きで1日遊べて優勝をすると大きなカップが2ヶも貰える楽しさでパグの愛好家も増えていました。
@やがてパグも、「9グループ トイ」 の仲間で審査を受けるように現在はなりました。
1991年 東京パグクラブが増えて林氏・仙波氏の2クラブとなり・大阪では成田氏・北九州では田中氏によるパグクラブは当時4クラブありました。
1994年 ぺディグリーアワードシステム開始
ぺディグリーアワードは、JKCによる公式データを基準としたどの犬種にも平等なシステムを採用し日本における犬種の質的向上およびドッグショーやBOBの意義をより一層深めることを目的に1994年1月から実施されました。
@「パグ部会報記載」を含めて13犬種の「会報の発行」
A「アメリカン パグ会報」は全米CHが記載されて部厚い本でしたので成田氏の犬の記事を読みあこがれていました。
B成田氏はその後も3頭目のパグは全米NO1の直子♀をアメリカより輸入して自家繁殖犬もAmerican Kennel Club ハッピーナリタオーナーとしてCH完成。
C訓練競技会もドックショー会場の脇で盛んに行われてパグ犬を連れて水上会場では「パグ犬も入賞」してトロヒーを持ち帰りました。
1995年 第1回ベティグリーアワードはナリタ犬舎のパグが入賞
その後現在に至るまで黒パグ専門の繁殖が行われるようになり、いまではブラック1色のパグが出来上がってきた。
黒パグはまだ珍しく高価な存在でした
@頭が小振りで顔も狭く目も幾分小さい
A胴長で足が細い
B鼻や口部がやや長い
C巻き尾がややゆるい
1996年 第2回ベティグリーアワードはチップを繁殖してくれたアンクルサブ犬舎のパグが入賞
@念願のパグ「ナリタ犬舎の全米NO1直子孫♂がハンドラーの手で全国を走っているパグハリーが北海道から熱海に来る事が決まっていたようです。
1997年 所が知らずに私の手元に有名なパグ犬が1月に来てくれたのでCH登録をしてから記念繁殖として子孫を1回残して東北インターにエントリーをしたまま病院の管理不注意で餌を喉に詰まらせて死去しましたのでパグのお墓を作りそこに眠っています。
私が日本で黒パグの子犬♂♀に出合ったのは1997年の6月頃でしたが黒パグはまだ珍しい頃でした。
黒パグの特徴
@頭が小振りで顔も狭く目も幾分小さい
A胴長で足が細い
B鼻や口部がやや長い
C巻き尾がややゆるい
黒パグの用途
フォンの色が薄くなってきたパグとの繁殖に利用していた様です。
胴長で足が細いので太らせると足に負担が係りやすいが血統は良くハッピーナリタの混ざりなので飛行機で輸送して本人確認して聞いて見たらハッピーナリタ犬舎では黒パグとの拘わりは無かった様でしたので犬と血統書の矛盾を感じた。
1999年 第5回ベティグリーアワードは「全犬種5位」のパグ犬チップが入賞
JKCの50周年記念としてブリーダー賞が提案されて日本国内ではパグブリーダーとしてはハヤシ犬舎・ナリタ犬舎・サンボーイズ犬舎の3犬舎が受賞されました。
@北海道の角力山から初めて黒バグ子犬♂♀の2匹が来ました。これがご縁でハッピーナリタ犬舎でもフォンに拘らずに良い黒パグの制作が引き継がれ、その後は黒パグの黒豆ちやんに感謝しているようです。
A私もハッピーナリタ犬舎のパグ(ハリー・カリン・チップ)との出会いからパグ犬の拘り続けてドックショーでの理想のパグ犬探しが始まりましたがお気に入りはやはりハッピーナリタ犬舎でCHとして走り続けているパグ犬に決め同僚のパグ繁殖者に相談してチップにかけてパグ繁殖者の元で2頭生まれたようでした。
2000年 INTCHのチップに2回目の繁殖をプロハンドラーさんの紹介で大阪のパグとかけてプロハンドラーさんの元での出産を試みました。
@大阪パグクラブを作り大阪東パグファミリークラブと名称変更をして長年パグの育成指導をしてきた成田氏がクラブを若手に譲りたいとの話しをしたらしいが少し考え直して欲しい話しても決意は硬いらしく若手に譲る準備をなされた。
2001年 パグクラブの若手にバトンタッチが行われて滋賀県内にパグクラブが移行したので「滋賀県パグファミリークラブ」として存続しています。
2002年 カナダ チップの交配相手として漸く2年間待った末に私の理想のパグ犬が日本にカナダより輸入されて来た。パグの愛好家に取っては気になる存在でした。
@「CND/AM/CH」の獲得したパグを輸入して 2002,1,7来日。その後JAPAN Show Dogで活躍した。
2003年 JKC/CH INT/CHの5タイトルを完成・9月DNACH登録制度と同時登録済み
2004年 (チャムのTVコマーシャルでパグ犬の放映)
FOODの引退後はプロハン犬舎より引き取り後はハッピーナリタ犬舎で繁殖をお願いしてあります。
2005年  パグファン雑誌にブリーダーとしての成田氏・佐藤氏が記載されたので二人とも良き先輩であるため講読致しました。
2007年 滋賀県パグファミリークラブ展」地方テレビ局での放映。
2008年 パグブリーダー訪問記にペデグリィーマガジン記載

パグの理想
原産地 中国 パグとはラテン語の握りこぶしの事で頭部の形が握りこぶしに似ている所から名付けたと伝えられているが国によっては犬種名が異なっている珍しい犬です 輸入国 イギリス・アメリカ・カナダ 用途 コンパニオン・ドック
パグスタンダードの姿
● 一般
体系は、良く筋肉が発達し、引き締まった体格のスクエアの小型犬である。頭部はバランスのとれた大きさで、額には特徴である大きなしわがある。
● 性格
かなりの愛嬌があり安定した性格、利口で大胆でおとなしいくしんぼう強く自尊心も高い。
● 頭部
額のしわがよく発達している。耳は薄く、ロース耳とボタン耳があるが、ボタン耳が好ましい。柔らかいビロードのような垂れ耳で、付け根は高い。目の色は暗色で大きく丸い。鼻筋は短く鼻は黒い。マズルは短く、三角形でマスクは黒く、はっきりしている方がよい。歯は丈夫で噛み合わせはアンダーショットを原則とする。
● ボディ
キ甲部が高く、背は短く真っ直ぐで、腰は幅広くわずかに丸味をおび、胸は深く幅広い。腹はよく引き締まっている。
● 尾
付け根が高く、堅く巻き、二重巻きが好まれる。
● 四股
前足は真っ直ぐで適度の長さを持ち非常に丈夫である。指は良くにぎり、パッドは厚く弾力があり、爪は黒い。後ろ足は筋肉がよく発達し、蹴り、パッド、爪は前足とほぼ同じである。
● 被毛と毛色
毛質は細かく滑らかで柔らかく光沢があり短く、美しく密生している。毛色はシルバー、グレー、ウルフ・グレー、アブリコット、ブラック、フォーンで、後頭部から尾部まで黒い線があり、これをパグのトレースといっている。マズル、前額、耳、背腺などは、できるだけ黒い方がよい。ただし、黒色犬はこの限りではない。
●歩様
歩幅は狭いが、軽快なリズムのある歩様で、誇らしげに運歩する。
● サイズ
体重 牡牝ともに6.5kg〜8.5kg
● 失格 
陰伏睾丸
(ショップの購入で6ヶ月頃にドックショー審査で気付く事があり・訓練競技会に参加)
● 欠陥
欠点 
オーバーショット・小さな頭部・長いマズル・貧弱なボディ・退色・オーバー又はアンダーウェイト・足がO状やX型・毛が長い
ショードックからスポーツドックに切り替えたパグ犬

パグの歯の本数42本
●パグ犬の「欠陥の歯」
本数より少ない歯を欠歯
多すぎる歯は過剰歯
●パグ犬の「基準の歯」
上20本
上頭/切歯6本・犬歯2本・前歯8本・後歯4本<計20本>
下22本
下頭/切歯6本・犬歯2本・前歯8本・後歯6本<計22本>
歯の噛み合わせの四種類
犬種により異なりますが「シーザーズ・バイトを正常」として審査しています
@シーザーズ・バイト
口を閉じた時、上頭の切歯が下頭の切歯の前にわずかに接触して咬み合うものです。
Aレベル・バイト
口を閉じた時、上頭の切歯が下頭の切歯と先端で接している咬み合いです。
Bオーバーショット
口を閉じた時、上頭の切歯が、下頭の切歯より前に出過ぎる咬合です。
Cアンダーショット
オーバーショットとは逆に、下頭の切歯が、上頭の切歯より前に出過ぎる咬合です。

パグのドックショー風景
パグの受付 テーブル審査
カナダ輸入犬父親
Kirby's The Food
AN/CANCH登録
JKC/ INT/CH/アジアアワード登録
輸入犬の確認
父親にそっくり 2005/4月9日生まれ♂1頭のみ
 Foodの直子「ゆう君」の成長 2007年3月沖縄県内のドックショー会場撮影


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